たくさんの思い出が詰まったオフィスを去り、新しい環境で仕事をする。すがすがしい気持ちの反面、移転に伴うさまざまな手間隙を考えると、舐めてかかることは禁物です。オフィス移転にとって特に重要な問題は「法律関係の適正な処理」と「移転コストの最小化」です。これらの問題を滞りなく解決するために移転担当者が注意すべきポイントをまとめました。
オフィスの移転にあたって、移転担当者が押さえなければならない最大のポイントは「法律関係の適正な処理」です。会社に法務部があるなら当然法務の仕事となりますが、中小企業のような場合、移転担当者が法律関係の処理を行うことになる可能性もあります。
移転に伴う法律関係には2つの側面があります。1つは従前の賃貸借契約の解除に伴うもの。もう1つは新しい移転先の賃貸借契約に伴うものです。双方とも押さえるべき重要なポイントはいくつもありますが、移転担当者が最も注意しなければいけないのは「確実な契約の終了」と「新物件の迅速な選定」です。
オフィスの移転が契約期間の満了にあわせて行われるスケジュールなら問題はありません。原状回復義務などを適切に果たせば足ります。しかし契約期間の中途で解約をする場合は、まず契約で定めた解約申し入れ期間を遵守していることが法律上の義務となります。
通常の賃貸借契約では、期間内解約条項が定められているので、その期間(6ヶ月が大半です)よりも前に貸主に対して「オフィスを移転するので中途で契約を解除する」旨を通知しなければなりません。この解約予告をしない場合、解約期間相当の賃料(たとえば6ヶ月分の賃料)を支払う義務が生じます。これは不意の解約によって貸主が受ける不利益への賠償金と解釈できます。
このように、法律関係の判断を誤ると、本来支払う必要の無い支出が発生し、移転のための予算を大幅にオーバーしてしまうおそれがあるわけです。従前の賃貸借関係を終了させる局面では、できれば不動産問題に詳しい弁護士をチームに入れるなどして、絶対に間違いのないように処理することが求められます。
問題なく従前の賃貸借契約が終了できたとしても、まだ安心できません。新物件の選定という最大の問題が残されています。
もっとも、これは従前の契約を解約予告した段階では、すでに解決しているのが一般的でしょう。新しい移転先との賃貸借契約は、通常、従前の契約を解約する前に着手するものです。すなわち、旧貸主に解約予告をした段階で、新しい移転先の貸主との間で賃貸借契約を済ませておく(最低でも、その意志があることを貸主に通知しておく)のが良いでしょう。なぜかというと、不動産の賃貸借には「仮の契約」というものが存在しないからです。
これは貸主の立場を考えればわかります。「実際に借りるかどうかわからない。他の物件も見てみたいし・・・。でもこの物件をとても気に入っているので、他の借り手にとられたくない。そこで、一定の期間、他の借り手がこの物件を押さえることができないよう、仮の契約を交わしたい」これが借主の心情でしょう。実際、個人が借家を探すときは、このような借主の心情をふまえた「仮押さえ」の慣習が常態化しています。しかし、「仮押さえ」は「契約の申し込み」でないのはもちろん、「仮の契約」でもありません。
もし、「仮押さえ」が「仮の契約」の意味で横行してしまうと、貸主が大きな不利益を受けることになります。「仮の契約」があるために、確実に借りてくれるはずの当事者が離れてしまうという不利益に加え、仮の契約を申し込んだ当事者も必ず借りてくれるという保証はないわけです。
通常、仮押さえの場合、貸主に支払った一定のお金(仮押さえ金)は、キャンセルしても戻ってくることになります。これは、国の通達により「賃貸借契約成立以前の金銭の授受」が禁止されているからです。一定期間、誰にも貸すことができず、しかもその間の損失も一切補償されない・・・それほどのリスクを背負ってでも貸主が仮押さえを許すのは、物件が個人への借家である場合や仮押さえの期間が1週間程度と短いからです。オフィスビルの賃貸では、期待された契約が破棄された場合の損失が大きいことや、貸主が実施する借主の審査もコストがかかることなどの理由により、慣習としての仮押さえは認めていないのが通例です。
このように、仮の契約が存在しえないオフィスの賃貸借においては、「これ!」というめぼしい物件が決まったら、不動産仲介会社の担当者に間髪入れず申し込みをしなければなりません。担当者も借主に対して一定期間を提示し、「この期間の間に借りるかどうかの最終的な意思決定をしなければ、申し込みは白紙になる」旨を告知します。しかも猶予期間は短期間ですので、実質的には、担当者への申し込みは当該物件を借りるという意思表示に等しいといえるでしょう。
このような事情を考えると、新物件選定のスケジュールは、「迅速」を至上命題とすべきことがわかるはずです。特に大都市圏では、地理的に優良な物件は多少賃料が高額でもすぐに埋まってしまいます。移転担当者としては、経営陣が「オフィス移転」を正式に意思決定したら、たとえ解約予告期間の満了まで十分な時間があるとしても、ただちに新物件の選定を始める気構えが大切です。
個人の引越しでも、荷物が多いとけっこうな費用がかかりますよね。オフィスの移転ともなれば、かかるコストは膨大です。オフィスを移転する目的の一つに、「移転先のオフィスの方が効率よく業務を遂行できる」ということがあります。業務の効率性はもちろん会社の利益に影響するので、長期的な見地からは、たとえ大きなコスト支払ってでもオフィスを移転することには正当な理由があります。
ですが、その理由はあくまで抽象的で潜在的なものにとどまることに注意すべきです。どういうことかというと、「移転した先で、効率よく業務を遂行したことで、従前のオフィスにとどまったときよりも利益を増やすことができた」というのは、あくまで目論みであり、予測にすぎないわけです。言い換えると「移転しただけでは、一円にもならない。そればかりか、移転当初はマイナスからのスタートとなる」わけです。
このような現実を冷静に考えれば、オフィスの移転に伴うコストはできるかぎり下げるべきです。この「移転コストの最小化」はまさに移転担当者の仕事となります。
コスト削減は、まず現状の事業規模を維持するのか、縮小・拡大するのかを決定することから始まります。その判断次第で移転先のオフィスの規模も決定されるからです。
「移転担当者の裁量で移転に要する予算の試算をしても支障がないか」という視点も重要です。移転の経験が豊富にあり、過去の事例に照らして、おおよその予算の見積もりが移転担当者でも可能ならそうすべきでしょう。しかし、移転経験が少ない場合や、前例のない移転(大規模オフィスへの移転、業態変更後の移転等)の場合は、妥当な予算をはじき出す能力が移転担当者に無いこともありえます。
移転に関係する当事者は、引越業者や不動産仲介業者だけでなく、ビル管理会社、内装業者、什器レンタル業者など多岐に渡ります。移転経験の少ない移転担当者では、それぞれの当事者から提示された見積もり費用が妥当なのか、最適な判断材料を持たない場合も十分ありうることです。そこで、移転コストを最小化するために、オフィス移転をトータルにサポートするコンサルタント企業に依頼することも検討すべきだといえます。
本文でも触れたように、オフィスの移転は直接には何の利益も生み出しません。そればかりか、移転先での業務が安定するまでには多くの壁を越えなければいけないのです。移転担当者のできることは、移転に伴うリスクとコストをできるかぎり最小にすること。責任は重大ですがその分価値のある仕事ですので、全力でがんばりましょう。