オフィス移転には大きなコストがかかります。移転に伴うさまざまなコストを最小化することは、総務の重要な仕事の一つです。しかし、数字だけに目を奪われていると、肝心なことを見失う恐れもあります。オフィス移転のコスト削減に固執するあまり、社員にとって働きにくい環境にしてしまったら元も子もありません。「移転によってオフィスの利便性は高まったか」という見地から、総務担当者が注意すべきポイントをまとめました。
オフィスの移転で絶対に外せないポイントは、「法律関係の適正な処理」および「コストの最小化」です。どちらも総務担当者の重要な仕事といえます。
法律関係の処理については、顧問弁護士の知恵も借りながら、早め早めの準備を怠らなければまず失敗はないでしょう。
問題は移転コストの最小化です。単純に少ない予算を設定し、「この枠のなかで全部やれ」と指示されるならまだ楽です。しかし現実には、「まずおおよその見積もりを出してくれ」という困難な課題が突きつけられます。
なぜ困難かというと、企業がオフィスを移転するというプロジェクトは、一個人の引越しとはかかる費用も、時間も、準備も、関係する利害関係者も、何もかもが複雑で規模が違いすぎるからです。移転を引越しの延長線上で捉えていたりすれば、予期せぬ大失敗を犯すこともありえるので、総務担当者は注意してください。
特に注意すべきは、「何もかも自社でやってしまおうという高望みは絶対に禁物だ!」ということです。
零細企業や小規模な個人商店ならともかく、100名の社員が同じフロアで仕事をするような、それなりに大きな規模の会社なら、移転すべき什器や社内資料の量は膨大です。また個人の引越しと違ってオフィスの移転の場合、関係する当事者もクリアしなければならない交渉もきわめて多いのが特徴です。
貸主や引越業者だけでなく、不動産仲介業者との折衝、移転先のビル管理会社との相談、オフィスデザインを担当する業者や施工業者との打ち合わせ等々、オフィスの移転に伴い発生する業務量は膨大です。総務担当者がいかに経験豊富であったとしても、その力量を超える作業やトラブルが必ず発生するのがオフィスの移転なのです。
近年は、大規模なオフィス移転をトータルにサポートするコンサルティング会社が市場を広げています。それだけオフィスの移転が高度に専門化していることの証です。そのような領域に、「ここは総務の出番だ!」とばかり勇んで踏み込むと、「コストの最小化」という所期の目的が達成できなくなる恐れもあります。
オフィスの移転業務に関して、総務担当者に求められる大きな役割が「コストの最小化」であることは疑いようもありません。しかし、コスト最小化の達成だけに熱中してしまうと、移転した先の職場のあるべき姿を見失ってしまう危険もあります。
オフィス移転というプロジェクトにとって、コストの最小化はたしかに欠かせない命題です。だからといって、「安くあがればそれで良し!」を旗印に掲げて移転を粗雑に済ませてしまった結果、出来上がった新しいオフィスが業務の利便性を犠牲にした使い勝手の悪い空間になってしまったらどうでしょうか。社員の士気にも悪影響が生じ、業務の効率が低下。最悪、業績ダウンの引き金となるかもしれません。
「コストの最小化」は、移転完了までに求められる価値です。他方、「オフィスの利便性」は移転後に求められる価値です。つまり、移転コストと利便性の関係は相反するものではなく、時系列的に一つの延長線上にあるわけです。このことを総務担当者がしっかり念頭に置いておけば、コストの最小化に極端に偏ったオフィス移転は避けられます。オフィス移転に必要な危機意識とは、「一つの価値や課題にとらわれることなく、適切なバランス感覚を発揮すること」と表現できるかもしれません。
もっとも、このような危機意識の度合いは、業務の内容によって増減することはもちろんです。たとえば、タクシー会社のように社員の多くが業務時間の大半をオフィスの外で消化するような会社では、新しいオフィスの「快適なレイアウト」などを模索しても、業績そのものにはあまり影響しないでしょう。しかし、長時間オフィスに拘束されざるを得ない業務(たとえばwebデザイン)では、新しいオフィスの利便性は社員の士気に直結するので、業務の効率にも少なからず影響を与えます。
以上のように、総務担当者は、新しいオフィスでの業務内容を精査し、オフィスの利便性がどこまで必要となるか、すなわち「オフィスの移転コストと利便性のバランス」を総合的に判断することが求められます。その結果次第で、オフィスの移転先(場所)も、オフィスのデザインも大きく変化するのですから、責任は重大だといえるでしょう。
では、オフィスの移転コストと利便性のバランスは、具体的にどのような事柄に表れるのでしょうか。もっともわかりやすい指標が「オフィス・レイアウト」です。
たとえば、「オフィスのフロア面積」は、その空間で何人の社員が仕事をするかによって、ある程度自動的に算出することが可能です。参考となる指標が、国内の中規模の企業を対象とした調査です。2011年に日本ビルヂング協会連合会が調べた結果によると、社員一人あたり平均12.5平方メートルで設計されていました。
もっとも、この数値は現状の平均値に過ぎず、決してこの数値が妥当だというわけではありません。たとえば、2001年に日本ファシリティマネジメント推進協会が調べた結果、国内の外資系企業は、社員一人あたり平均17.8平方メートルと、かなり余裕をもったオフィス面積を確保しています。この差異は、オフィス移転の予算の相違から来るというよりも、仕事の価値を何に置くかという職業観そのものに由来すると考えることもできるでしょう。
また、オフィス面積は業務の種類によっても大きく変化することに注意しましょう。たとえば運送業のように、通常業務ではオフィスに社員全員分のデスクを置く必要のない職場では、当然必要となるオフィス面積は小さくなります。
上述のフロア面積以外にも、オフィス・レイアウトを構成する指標は数多くあります。背中合わせのデスク間の距離や通路とデスクスペースとの距離など、オフィス空間の動線を快適に保つための指標は一例です。来客の多い職場なら、十分な応接スペースが必要となり、それだけ社員一人あたりのフロア面積も増えることになります。
以上の説明からもうかがえるように、総務担当者がオフィス・レイアウトを考える上で注意すべきポイントは、「業務の実態」を正確に把握し、そこからあるべきオフィス・レイアウトの概要を抽出するということです。フロア全体の設計の詰めは、最終的には設計業者やオフィスデザイナーの職分ですが、「こういう環境で仕事をしたい」というニーズを伝えるためには、総務の担当者がオフィス・レイアウトに対するイメージをはっきり持っていることが欠かせません。
そのためには、新しいオフィスで仕事をする部署の社員にインタビューし、理想となるオフィス・レイアウトのデザイン像を調整することが大切です。社員全員の個別のニーズに応えることは不可能ですから、たとえば「業務の合理化、効率化」といったキーワードを設定し、そのために必要なオフィスデザインは何かという問題意識をもって、社員のニーズを調べることがポイントとなります。
もちろん、最終的には、コストとのすり合わせという困難な課題が待っています。コストありきか利便性重視かという判断は経営方針に左右されるので、総務の領分を大きく越えます。ただ、たとえば「コスト最優先で」との指示がきたとしても、少し距離を置いて、その対岸にある「社員の利便性」という視点を忘れないようにしましょう。経営者はある程度の方針は出しますが、現場の判断で微調整した修正案を提示し、それが経営陣の方針を変えたなら、総務担当者にとっても大きな自信になることでしょう。
オフィスの移転にあたって総務担当者に求められる注意点をご紹介しました。コストの最小化がスタート地点にあるとしても、会社の業務内容次第では、オフィスの利便性も同じくらい重要であることをご理解いただけたことと思います。オフィス移転という困難なプロジェクトを成功させるには、広い視野とバランス感覚という経営者的素養が総務担当者に求められるわけです。重責ですが、達成感も半端ではないはず。ぜひあなたの活躍で、オフィス移転を成功させてくださいね!