「サーバントリーダー」が近年ビジネスの世界で注目を浴びつつあります。多くの企業や財団でコンサルタントとして活躍したアメリカ人、ロバート・グリーンリーフが考案した概念です。一つのプロジェクトを集団で実行する際、コミュニケーションを深め、人間関係を円滑に保つことが欠かせません。そこで求められる存在が優れたサーバントリーダーです。従来から語られてきたリーダー像とはどのように異なるのでしょうか。サーバントリーダー論の概要をおさらいしましょう。
サーバントリーダー(奉仕する指導者)とは、「サーバントリーダーシップを持った人物」のこと。サーバントリーダーシップを提唱したのは、実業界と学会の双方で活躍したアメリカ人コンサルタント、ロバート・グリーンリーフです。
事の発端は1968年にダートマス大学で行ったグリーンリーフの講演でした。「リーダーシップと個人」というテーマを掲げて壇上に立ったグリーンリーフは、大学の教職員に対して「学生の欲求に真の意味で奉仕する精神を忘却している」と批判したのです。この講演がサーバントリーダーという考え方の源泉となりました。
グリーンリーフの言葉にある「真の意味で奉仕する精神」とは、「深く魂を突き上げるような精神性を持って相手に奉仕せよ」という意味です。この精神性がないがしろにされれば、大学と学生の間にはシニカル(冷笑的)な空気が流れ、強制的な関係に支配されてしまうと警鐘を鳴らしたのです。
グリーンリーフはこの講演後、徐々にサーバントリーダーシップについて思索を深めていきます。そして1988年、ジョージア州アトランタでサーバントリーダーシップに関する最初のシンポジウムを開催します。その3年後の1991年、サーバントリーダシップに関する最初の著書『リーダーとしてのサーバント』が出版されます。
しかしながら、グリーンリーフが86歳で世を去ったのは出版1年前の1990年。サーバントリーダーシップがアメリカだけでなく世界中に浸透し、ビジネスシーンでも活用されるようになった姿をその目で確認することはできませんでした。
グリーンリーフ亡きあと、サーバントリーダーシップの哲学を社会に広めたのは、NPO団体グリーンリーフセンターの所長、ラリー・スピアーズでした。スピアーズは、グリーンリーフの講演や著書を綿密に分析し、サーバントリーダーに求められる10の特性を導き出しました。
1.傾聴(Listening)
2.共感(Empathy)
3.癒し(Healing)
4.気づき(Awareness)
5.説得(Persuasion)
6.概念化(Conceptualization)
7.先見力(Foresight)
8.執事役(Stewardship)
9.人々の成長に関わる(Commitment to the growth of people)
10.コミュニティづくり(Building community)
これらの特性からわかるのは、サーバントリーダーとは、「支配、服従、管理」に走りがちな従来型リーダー像とは対照的だということ。それがもっとも端的に表れているのが「1.傾聴(Listening)」です。
英語のListenとHearは、日本語では「聞く」という同じ意味に解釈しがちですが、両者のニュアンスはまったくかけ離れています。Hearは「何かの音が耳に入る」という「状態」をあらわしています。それに対して、Listenは「特定の音を意識して聞く」という「行動」を表しています。つまり、サーバントリーダーに求められる「傾聴」とは、常に相手(部下)の話を親身になって聞き取ろうという積極的でオープンな態度が不可欠なのです。
「こいつの報告はいつも大したことはない。聞くのは時間の無駄だから、適当に聞き流しておけばいい」
「彼はどうも抜けているところがあって、話す内容にも大抵間違いが含まれている。上司である私が彼の間違いを指摘して正しい方向に導いてあげねば」
もし上司であるあなたが、そのような「投げやりな態度」や「あらさがしする気持ち」で部下の言葉に耳を傾けていたとしたら……?それはただのHearingであり、サーバントリーダーに必要とされるListeningとはいえません。
「傾聴」とともに、サーバントリーダーシップを特徴づける特性が、「気づき」「共感」「癒し」です。
一つのプロジェクトを統括するリーダーは、部下や仲間たちの「状態」をつねに把握しておきたいもの。ここでいう「状態」とは、数字に表れるような業務の進捗状況や成果にとどまりません。一人ひとりが生身の人間であることを前提に、彼らの心身のコンディションに目配りをすることも含まれるのです。つまり「気づき」とは、人間そのものに対するアンテナを敏感にすることだと言い換えることもできるでしょう。
気づきによって収集した情報は、まず「共感」のために使いましょう。たとえば部下がミスをしたときです。情報収集によってミスの原因が判明したとき、「だから君はダメなんだ!」と部下を叱責するような安直な態度は控えてください。「人間は不完全であり、ミスをするのが当たり前」という共感を先に示すことが大切なのです。このワンクッションを置くことのできる広い心こそが、サーバントリーダーたるゆえんです。
そして共感のあとは、部下に対してミスの原因を示し、解決法を部下と共に探るのです。この共同作業によって、部下が心に負った傷も癒すことができます。解決法を見つけ出すことで、ミスに対するおそれをなくし、プロジェクトを成し遂げる勇気を与えることもできます。これが「癒し」です。サーバントリーダーが部下や仲間にほどこす「癒し」は、単に心の傷を治すだけでなく、彼らに学習機会を与え、経験値を高めながら、より完全なプロジェクトの遂行を可能にするための処方箋でもあるのです。
最後に、サーバントリーダーを目指す際に特に注意すべきポイントについて、「8.執事役」「9.人々の成長に関わる」「10.コミュニティづくり」とからめて説明します。
「ビジネスリーダーとは、プロジェクトの先頭に立ちつづけ、強い意志で仲間を牽引していくものだ」と認識している人も多いことでしょう。しかし、サーバントリーダーが演じるのはあくまで「執事役」。一歩下がったところからグループ全体の動きを見渡し、自己満足ではなく仲間や顧客の利益を最優先するのです。
ただし誤解してはいけないのが、「主人と執事」の関係になってはいけないということです。サーバントリーダーシップにおける「奉仕」とは「対等の立場にたつ」という意味。従属してしまったら、結局従来型の上司部下の関係が歪んだ形で再現されるだけであり、有害無益です。
そして良き執事は、相手の成長にもコミットする存在であるべきです。単にプロジェクトの成功に向けたアドバイスだけでなく、ビジネスマンとして、また時には人間として成長するための的確なコーチングを行いましょう。
さらにより良きサーバントリーダーを目指したいのであれば、グループや会社内のコミュニティづくりにも注力しましょう。企業の重要な目的の一つは「利益を上げて、社員や株主や社会に配分すること」ですが、だからといって「残業上等!」のモーレツ社員や「売上のためなら多少倫理に反することも仕方ない」などと考える(悪い意味での)仕事人間ばかりでは、窮屈で息がつまり、業務の効率も落ちてしまいます。
全米ナンバーワン航空会社で、フォーチュン誌の「はたらきがいのある会社ランキング」で第1位にもなったサウスウエスト航空では、「サーバントハート(奉仕の心)」を社内に浸透させるためにさまざまな試みを行って成果をあげています。社員だけでなくその家族も会社の一員とみなし大切に扱う「家族主義」。相手の立場を心から理解するため、他の部署で仕事を1日体験するイベント「私の靴をはいて」。トイレ掃除など裏方として頑張っている社員を大々的に表彰する「心のヒーロー表彰」など、社員のストレスを減らすための施策を次々に導入しています。
サーバントリーダーシップをビジネスに持ち込むことには異論もあります。「リーダーの役目は奉仕ではなく、部下を引っ張ることだ」、そのような考え方はまだまだ根強いといえるでしょう。
しかし近年、スターバックスやサウスウエスト航空のように、サーバントリーダーシップを積極的に導入することで大きな成果を上げている国際的企業が増えています。日本でもサーバントリーダーシップがビジネスの効率と職場環境を改善することに気づきはじめた企業が徐々に現れています。
あなたが部下を持つリーダーであるなら、ぜひ一度「リーダーとは?奉仕する指導者とは?」と自問してみてはいかがでしょうか。