日本でもそれまでの常識であった35歳転職限界説は薄れ、能力がある人間は転職を繰り返し、より待遇の良い会社へ移っていく人材も増えています。一方でそういった自分をより高めていく人材は、会社への帰属意識は低く、有能な人材を自社にとどめておくにはそれにふさわしい環境や待遇を与えることも必要となります。そこで社員のやる気と会社に対する帰属意識を向上させるため、ロイヤリティ(忠誠心)の向上に取り組んでいる企業もあります。社員が会社に尽くしたい、居続けたいと思いようにはどんな施策が有効なのでしょうか。
社員運動会や社員旅行などが会社の福利厚生として一般的だったのは昭和の時代でした。近年ではプライベートを重視する傾向が若者に浸透しており、休日まで会社の人間と顔を合わせたくない、社内行事を面倒なものと考える人が増えてきており、昭和によく行われた福利厚生としての意味の社内行事は減少の傾向にあります。しかしそういった社内行事が嫌われるのは自分の休日を犠牲にして行われるものであり、休日に干渉しない、仕事の時間に行われる業務の一環のものならば、特に構わないという意見もあります。
そこで最近では、社内の一体感を高めるため普段は接しない他部署との親睦を深めるための社内行事を、休日は使わず平日に行う企業も出てきています。こうすれば行事のあとは休日にプライベートな時間を確保し、体を休められます。通常業務の一環と考えて真剣に取り組む社員も増えます。会社にとっては社員の横のつながりを強化し、社員にとっては通常業務の中で仕事を忘れてリフレッシュできる効果があるのです。
また社員旅行に社員の家族の同行をしてもらうことで、家族、特に子どもに自分の親がどんな会社で働きどんな仕事をしているのかを知ってもらい、家族ぐるみで会社に対する親近感、そして忠誠心を育むといった施策を行う企業もあります。家族連れで楽しめるように遊園地やレジャー施設に社員とその家族ででかけて、社員も上司に気を使うのではなく家族と一緒に楽しめ、家族サービスもできると好評を得ています。
社員のプライベートを犠牲にすることが無く、福利厚生を実施することで社員の満足度を高めて、この会社にいたいというロイヤリティを高めているのです。
会社で仕事に関する備品を購入したり外部に発注する際には、稟議を書いたりして上司の決裁を得る必要がある企業がほとんどです。これらの手続きは経理上必要な物も多いですが、上司にその備品購入の必要性を理解してもらうために、書類を何時間もかけて作成し、稟議が決裁されるまで各部署を通過するのを待つことで、時間も手間も非常にかかることになります。また上司の決裁を得るということは、ある意味でその費用に伴う責任を上司に任せて、自分はただ上司の指示で業務を行うという、仕事に対する責任の所在を転嫁する行動とも言えるでしょう。決裁したのは上司だから、結果が出なくてもそれは上司の責任であり、自分はそこまで責任を負う必要がない、とも考えてしまうのです。
そこで仕事をスムーズかつスピーディーに行えるようにし、かつ社員一人ひとりに数字に対する意識をしっかりと持たせるため、ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニーでは20万円までの予算ならば上司の決裁が不要という方針を打ち出しています。社員は自分が仕事に必要と思ったものならば、20万円まで自分の最良で購入でき、また外部に仕事も依頼できるのです。その代わり結果に対する責任も自分で持つことになりますが、上司に数字の責任を追わせるのではなく、自分の行動に対する結果をしっかりと出そうとすることで、自分なりのビジネス感、経営者視点を養うことができるようになるのです。普通の会社では社員に「経営者視点を持て」といっても実際には口だけであり、社員に自由な裁量をもたせているわけではないので、社員からしても「発言と行動が一致していない」と思われモチベーションをただ低下させるだけになります。
しかし会社側も社員を信頼し、一般社員にも裁量権を持たせることで会社の有言実行的な行動に信頼感を持ち、「会社が自分を信じているならば、自分も会社を信じよう」というロイヤリティの向上につなげています。
2008年のリーマンショック以降、サラリーマンの年収が一時的に低下し、その後も大きな伸びは見られていません。一部の会社では仕事が減ったことにより、社員に給料を与えられないという緊急事態まで起こったということです。そこでその解消のため、社員の副業を認めることで社員が収入の低下を防げるようにした例があります。これは会社の経営上の問題のために社員の副業を公認したという、消極的な例ではありますが、その施策を受けてか、最近では社員の副業を公認する会社が増加しています。
副業を公認すると本業である会社の仕事以外に、時間などの個人リソースをそちらに割いてしまい、会社の仕事が疎かになるというリスクもあります。しかしそれ以上のメリットとして、社員が会社の仕事を通してもっと自分を成長させ、それを副業に活かしていきたいという意欲を持つという点が挙げられます。会社ではいくら仕事を失敗しても、個人で責任を負う範囲は非常に小さなものです。しかし副業に取り組むと、個人では失敗した場合に大きな負債を背負うこともあります。本業を持つことは副業を行う際の最大のリスクヘッジであり、副業を公認してくれる企業にいれば生活を送れるほどの収入は確実に得ながら、副業で一攫千金も狙うことができるのです。副業に活かせるように仕事を通して自分の経験を積み、知識を深め、意欲的に新たなビジネスの開発に取り組むという例も出てきています。
社員一人ひとりにロイヤリティを持たせるには、単に給料を上げるたり休みを増やすより、サラリーマンであることの安定感というメリットと、自分でビジネスを開拓することの大きなリターンを得られるメリットの両方を理解してもらうことで、会社に帰属して働くことの本当の良さを認識させられるといえます。そのためには社員を信頼して、会社が具体的なリターンを必ず提供しましょう。