近年、中小企業の経営戦略担当者のあいだでSWOT分析が浸透しています。この分析論の考え方がシンプルでわかりやすいこと、SWOT分析は(日本で圧倒的多数を占める)中小企業の経営戦略策定に有用であることなどが背景にあるようです。書店でもSWOT分析を説明した本が数多くならび、マネジメント担当者を中心によく売れています。今回は、中小企業の経営戦略の鍵となるSWOT分析の要諦についてご紹介します。
SWOT分析は経営戦略の一つのパターンに過ぎません。経営戦略の「戦略」とは、もとは戦場で敵に打ち勝つための策略を意味した言葉です。昔も今も、戦争に勝つには「情報」がもっとも重要です。ただし、正確な情報を入手したらそれで終わりではなく、情報に基づいて敵の動向を探り、その裏をかく作戦を練ることになります。つまり、情報それ自体には価値はなく、分析をほどこしてはじめて使える道具となるわけです。
経営戦略の一種であるSWOT分析も、文字通り分析のための理論です。分析の対象となる情報を、内部環境から来るものと外部環境から来るものに二分し、そこから「Strength(強み)」「Weakness(弱み)」「Opportunity(機会)」「Threat(脅威)」の4つの要素を抽出します。各要素の頭文字S・W・O・TをとってSWOT分析と名づけられました。
SWOT分析の誕生は1950年代にさかのぼります。ハーバード・ビジネススクールの3人の研究者が、「限られた経営資源と市場機会をどのように組み合わせれば、企業にとって有用な戦略となるか」をテーマに生み出した理論です。
SWOT分析は、大企業よりも中小企業に奏功する理論だといわれています。日本のある経営コンサルタントのお話によると、中小企業のマネジメント担当者にはSWOT分析をよく勉強している人が非常に多いそうです。日本における中小企業(個人事業をのぞく会社組織)は、全会社組織の99.2%に達することを思えば、日本でSWOT分析が流行っていることは納得できます。「まだSWOT分析に触れていない」というマネジメント担当者さんも、いずれは上からの指示でSWOT分析を実践する機会が訪れるかもしれませんね。
マーケティングには古典的な思考のフレームワークとして4Pがあります。Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販促)にわけることで、戦略を型にはめて、思考がぶれないようにするわけです。
SWOT分析の考え方も同様です。ある企業にまつわる内部と外部の環境を、「Strength(強み)」「Weakness(弱み)」「Opportunity(機会)」「Threat(脅威)」に分類して、限られた経営資源と市場機会の最適化を考えるのがSWOT分析です。
SWOT分析では、「Strength(強み)」と「Weakness(弱み)」を内部環境から、「Opportunity(機会)」と「Threat(脅威)」を外部環境から抽出します。
具体的には、自社の製品・サービスなどを分析し、一つひとつを「Strength(強み)」と「Weakness(弱み)」に分類します。また自社を取り巻く環境、すなわち市場の成長度や競合他社の製品・サービスなどを分析し、自社にとって有利な「Opportunity(機会)」となるか、それとも不利な「Threat(脅威)」となるかを考えるわけです。
SWOT分析を進める上で注意すべき点を、「強み」「弱み」の例で考えてみましょう。
たとえば、ある地方都市で観光ホテルが営業しているとします。そのホテルには温泉がありません。しかし、他のホテルにはない巨大な温水プールがあります。さて、「周辺のホテルならあって当然の温泉がない。他方で、周辺のホテルにはない温水プールがある」という事実は、このホテルの強みなのか弱みなのか、判断できますか?
たとえば、このホテルが別府温泉のど真ん中で営業していたらどうでしょう。別府温泉をたずねる観光客は、例外なく温泉が目的です。そんななかで「温泉がない」という条件は宿泊施設にとってはとてつもない「弱み」になります。
もっとも、「温泉はなくても温水プールがある。小さな子供の場合、温泉よりも温水プールに魅力を感じるのではないか?そうだとすれば、家族旅行の格好の滞在先としてうちのホテルが選ばれるチャンスは十分にあるのではないか?」という考え方ができるかもしれません。
しかし、そのようなプラス思考は、やはりホテルの立地場所が温泉街以外の場合に妥当するものといえます。
温泉街に来る家族連れのなかには、たしかに温泉より温水プールが好きだという子供も相当数いるでしょう。しかし、その子供も親の引率がなければ温泉街に来ることはできません。親達は、当然、温水プールではなく温泉が目当てです。
そのホテルが温泉街から遠く離れた場所にあるとか、そもそもホテルの所在する都市にはめぼしい温泉街が存在しないとか、そういう偏った条件があるときには、「温泉はない」という事実が相対的に弱みではなくなりますし、「温水プールがある」という事実が相対的に大きな強みに格上げされることもあるでしょう。
しかし、別府温泉のような超メジャーな温泉街に立地しているのであれば、「温泉なし、温水プールあり」というホテルが選ばれる確率は限りなくゼロに近いでしょう。反対に、ホテルの周辺に2~3件の温泉宿しかないような小さな温泉街の場合は、たとえ温泉のないホテルでも巨大温水プールがあるという条件が大きな強みとなる可能性があります。
以上のとおり、条件次第で「強み」「弱み」の評価は一変します。つまり、SWOT分析をする際は、目的となる要素(この場合、温泉のあるなし)だけでなく、その周辺に存在する関連条件(立地が温泉街なのか否か、メジャーな温泉街か小さな温泉街か)も取り入れたうえでないと、結果が相対的であいまいなものになってしまうのです。これは「機会」「脅威」の評価でも同様です。SWOT分析を効果的に経営戦略へ反映させるには、分析の種となる材料を正確に取捨選択することが大切です。
SWOT分析は、いくつもの関連企業を持った大企業よりも、単一事業を行う中小企業において奏功するともいわれます。また、全社戦略よりも事業戦略を策定するときに有用であるともいわれます。その理由はどこにあるのでしょうか。
上記したように、SWOT分析の種となる材料は正確に取捨選択する必要があります。単一事業を行う小さな会社で、しかも所属する市場の規模も小さければ、考慮すべき条件もそれなりです。したがって、材料の取捨選択に迷うこともないでしょう。
しかし、関連企業を多数有しているような大企業の場合、市場も競合他社の規模も巨大ですから、材料の取捨選択はもちろん、集めた情報を分析することも非常に大変です。
しかも、全社事業で分析を行おうとすれば、自社のすべての事業や商品について、市場や競合他社の情報をもれなく収集し、S・W・O・Tに分類、分析をしなければなりません。
そのうえ、全社戦略の方針は、時間の経過で刻々と変化するものです。好調だったA事業が翌年度にはお荷物に成り下がった……という事態もありえますし、そうなったら全社戦略のために良かれと思って行ったSWOT分析は水泡に帰します。
このような手間暇やリスクを考えると、SWOT分析は単一事業を行う中小企業での戦略策定ツールとして活用するのが合理的だといえるでしょう。
企業本来の目的は、「永続的に、利益を上げること」であり、「常に、最高の結果で勝利すること」ではないはずです。SWOT分析は企業の現実を白日の下にさらしてくれます。それは良くも悪くも現実です。分析結果が「常に、最高の結果で勝利すること」と大きくかけ離れているからといって、経営者が無理な経営戦略を打ち立ててしまえば、SWOT分析はただの紙切れになってしまいます。マネジメント担当者には、分析結果に一喜一憂することのない冷静な判断力をもって、経営者を説得する力量も問われているのかもしれません。