従業員は会社にとって企業活動の大切な担い手です。どれだけカネやモノが豊富にある会社でも、ヒトが不足すれば活動できません。したがって、従業員が健康に業務を遂行できるよう配慮する義務、いわゆる安全配慮義務が企業には課されます。しかし、いかに安全配慮義務を履行しても、不意の大病を理由に従業員が休職せざるをえない場合もあります。そのような場合、会社はどのように対処すればよいのでしょうか。基本的な考え方のほか、就業規則の定め方などもまとめたのでぜひ参考にしてみてください。
会社は従業員が伝染病にかかった場合や、心臓病など労働の継続によって病状が著しく悪化するおそれのある病気にかかった場合には、その就業を禁止させる法律上の義務があります(労働安全衛生法第68条、労働安全衛生規則第61条)。この規定は、従業員自身あるいは同僚など関係者の安全衛生を守るための規定です。
では、法律で定めていない病気、たとえばガンのような大病にかかってしまった場合はどうでしょうか。この場合、伝染のおそれはありませんし、労働量やストレスの少ない仕事であれば、少なくとも働くことそのものが重症化の原因になることもないでしょう。ですが、ガンともなれば、本人にとっては非常に深刻な病気であることに変わりありませんし、病状次第では仕事を通常通り継続できないこともあるはずです。
ただ、労働法規上は、従業員がガンなどの非伝染性疾患にかかった場合の対処法について定めていません。この場合、会社の就業規則に定めた「私傷病休職制度」にゆだねるというのが、現在の日本の労働法制の考え方です。
「私傷病休職制度」とは、業務外の理由によって生じた大きなケガや病気のために、労働契約で取り決めた業務内容が遂行できなくなった場合、会社側は従業員の業務遂行を強制的に免除または禁止できるという制度です。
この制度の特長は2つあります。1つ目は、休職期間中でも雇用関係は継続するが、ノーワークノーペイの原則により、会社側に賃金支払いの義務が発生しないということ。2つ目は、一定期間の休職期間を経過しても病気等が回復せず、業務に復職できない場合は、その従業員との労働契約を終了させることができるということです。
近年、ストレス過多社会の影響で、業務内容や職場環境が引き金となって従業員が精神疾患を発症するケースが爆発的に増えています。
精神疾患は、一見するとなんら健康上の問題がないように見えることもあるので、会社側としては従業員の自己申告によって病気の存在を発見するケースも多々あります。
ところが、ここが精神疾患の厄介な点ですが、一般に人間は(身体疾患に比べると)自分が精神疾患の患者であるという事実を隠したがる傾向が強くあるのです。これは、精神疾患にかかっていることを公にしてしまうことで、自分に対する職場の同僚の見る目が悪い方向に変わってしまうのではないかと危惧するからでしょう。
精神疾患にかかった従業員でよく問題となるのが、「休職を認めるかどうかの判断」と「休職と復職を繰り返す従業員への対処」です。
たとえばガンなどの内臓疾患の場合、画像診断などで明確に病気の有無がわかります。ところが精神疾患の場合、そのような診断方法は確立されておらず、学会が定めた標準的な診断項目を総合的に勘案して、特定の精神疾患にかかっているかを判断しているのが現状です。
そのため、従業員が私傷病休職制度を乱用するべく、懇意にしている精神科医に頼み込んで、ニセの診断書を提出してしまうことも可能なわけです。この問題に対処するには、休職を認めるための条件として、会社側が指定する医師の作成した診断書を要求するよう就業規則を定めておくと良いでしょう。
また、精神疾患は、はっきりと「治った」という状態になりにくいのも大きな特長です。発症、治療、改善、悪化という流れを行きつ戻りつしながら、ゆるやかに回復していくのが精神疾患なのです。そのため、短い休職期間を何度も繰り返してしまい、それがためにまともに業務を遂行できず、職場の士気にも悪影響を与えてしまう結果もしばしばみられます。
一般に休職制度は、「一定(たとえば数ヶ月から1年など)の休職期間が継続して経過した場合、それによって従業員の退職または解雇が成立する」というような定め方になっています。したがって、たとえば休職期間が「6ヶ月」と定めてあるなら、5ヶ月間の休職を繰り返していけば、少なくとも休職制度の効果としてクビになることはないわけです。
休職と復職の繰り返しが、本当に病気を理由とする場合は仕方ありませんが、「怠けるため」といった悪意に基づく場合、会社にとっては大きな損害となります。
このような問題を解決するには、休職制度の悪用を防げるよう就業規則を整備しておくのが最善です。具体的には、「復職後、1カ月に満たない間隔で再び休職する事態に陥った場合は、直前の復職期間は無かったものとみなす(したがって、継続して休職していたものとみなす)」というような規定を定めます。このように定めておけば、「精神疾患を理由に短いスパンでの休職を繰り返しながら、会社に籍だけは残しておく」というような休職制度の乱用を防止することができます。
従業員が大病で休職した場合、労働契約で取り決めた労務を会社に提供できないわけですから、ノーワークノーペイの原則により労働の対価としての賃金は発生しません。就業規則を定めている会社であれば、休職中の賃金の扱いについても定めているはずですが、もし定めていない場合は、無用のトラブルを避けるためにも早急に整備する必要があります。
一方、賃金とは扱いが異なるのが社会保険料です。会社が個人事業所ではなく法人である場合は、社会保険は強制加入となります。病気等による休職の場合、会社との雇用関係が継続しているので、会社は社会保険料のほぼ半分に相当する額を支払い続ける法律上の義務を課されます。
したがって、休職制度の適用の有無に関わらず、従業員が雇用されているあいだは、会社の社会保険料支払い義務が発生し続けます。
ただし、これはあくまでも「会社負担分の保険料」に限定した話です。従業員負担分の社会保険料についてどのように対処するかは、個別の内規にゆだねられています。
従業員が負担すべき社会保険料は、本来は給与から天引きされます。休職中にも給与が支払われるという特例が就業規則にあるなら格別、そうでなければ、従業員が負担すべき社会保険料を会社が立て替えている状態になります。したがって、従業員が復職し、賃金の支払いが再開してから、それまでに立て替えた分を個別に天引きまたは支払い請求をすることになります。
従業員が大病を克服して職場復帰を果たすことができた場合、会社としては以下の点に留意しましょう。
まず、最優先でケアすべきは、「病気等の再発」です。私傷病休職制度は、業務に関わらない事由を原因とする病気等で休職したケースを想定しています。
しかし、たとえ病気等の原因そのものが職場には無いとしても、病気等を悪化させるような環境(ストレスの多い人間関係や不衛生な環境など)が職場にあるなら、せっかく病気を克服して職場復帰を果たしたのに再発してしまうこともありえます。
そのような事態にならないよう、会社は、復職した従業員が快適に仕事に専念できるよう留意しましょう。これは復職した従業員だけを特別扱いしているというわけではありません。会社はすべての従業員の健康と安全を守る法律上の義務(安全配慮義務)を負っているからです。
次に留意すべき点は、精神疾患にかかった従業員の場合、復職してからあまり間をおかずに再発するケースが非常に多いということです。これは病気そのものに由来する事情であり、決して従業員に非があるわけではありません。しかし、長期の休職と短期の復職を何度も繰り返されると、会社側としても大きな損害をこうむってしまうのも事実でしょう。
このような問題に対処するには、休職していた従業員が復職を希望する場合、会社側が指定する医師が作成する診断書を提出させるよう就業規則を定めておくべきです。医師の判断の結果、まだ復職できるだけの回復に至っていないとの結論が出た場合は、その旨の診断書を作成してもらうことで、会社が当該従業員の復職を拒否できる正当な理由となります。
ただ、精神疾患の場合、たとえ復職した当時は問題ない状態だったとしても、何の前触れもなく突発的に症状が悪化する場合もまれではないのがむずかしいところです。そのような事態をあらかじめ想定し、精神疾患にかかった従業員が復職する際は、ストレス軽減をはかるべく、必要に応じて配置転換などの措置を講じることができる旨を就業規則で定めてもよいでしょう。
なお、精神疾患を理由とする配置転換は、精神疾患患者に対する差別的で不当な処遇に当たるのではないかとの疑問が生じるかもしれません。
しかし、会社は従業員について、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷などが過度に蓄積しないよう、個々の労働者の能力、適性及び職務内容に応じた配慮をすべき立場にあります。これは安全配慮義務という法理だけでなく、厚生労働省の通達でも具体的に指示されているものであり、企業の経営者にとっては例外が許されない絶対的義務にあたります。
したがって、精神疾患を持つ従業員が復職するにあたり、必要に応じて配置転換を行えるという就業規則の定めは、それによってことさらに当該従業員を追い込み、退職に促すといった悪意がないかぎりは、まったく合法であり、正当な定めであると考えることができます。
大病にかかった従業員の対処法についてポイントをご紹介しました。「従業員が大病にかかった場合」という事後的な対処も大切ですが、従業員の健康と安全を守るための予防策も欠かせません。産業医が常駐している会社であれば、意思疎通を密にとって、就業規則の整備や職場環境の改善に医師の意見を十分反映させるようにしましょう。